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化かし合い
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すみませんすみません!乗ります!乗りまーす!
って滑り込んだエレベーターの中が、カップルの抱擁でした。
もう、はちきれんばかりの。
月9だったら、最終回。
アメリカ映画だったら、終戦。
金八だったら、卒業。
そのくらいの抱擁。取り組み。
その中に、行司の距離感で、居合わせてしまい。
「だめだよ、だめだよ、見られちゃうよ・・」
って女の子が述べてるんですけど。
今まで一回も行った事なかったけど、
ここがあの地獄ってとこなんじゃない?
鬼は、三途の川とかじゃなくて、
もうここでね、石とか積ませるべき。
「見られちゃう、見られちゃうよぅ・・・」
って、もう声を押し殺した感じでね、
言ってくれてるんですけど、この密室におきまして、
完全に、そちらの見られちゃうよ指令がね、届いてるわけです。
こちらにも。
でね、もう、絶対見てないわけ。
こちら側としては、偶然 乗り合わせたその瞬間から、
エレベーターの四角の一角に鼻をめり込ませるようにして、
立ってるわけ。
カードを選んでもらってるマジシャンくらいの見なささなわけ。
「だめだって」
「見てないよ」
「見てるってば」
「見てないよ」
「ほんと?」
「大丈夫、見てないよ」
「でも、見えちゃうかもしれないし」
「見えないよ」
「えー、でも」
う・ら・め・し・や
もう、生前であることとか全然関係ない!
自然と口をついて出たよね。そのセリフが。
生きながらにして、今、化けて出れるくらいの無念。
化けて出るっていうか、
もうあらかじめ すでにここにいますけども、
あえて、1回化けたい。1回、化けてから出たい!
今なら、私にもあの井戸が登れる気がする。
ブラウン管から飛び出せる気がする。
したら、3階で見知らぬオジサンが乗ってきたわけ。
なんていうんだろう。
地上に舞い降りたエンジェルって、もしかしてこの人のことじゃないの?
サイン下さい。写メ撮ってもいいですか。
これで、やっと試合になる。待ちに待った2対2。
ダブルス。
こうなったら、多少ね、スペースをね広めに取り出すよね。私も。
人一人に対する正当なスペースを要求するよね。
あとは、まあ、見ますよね。
どこを見るのも、私の自由ですから。
オジサンもね、そこはすげぇ見てましたから。えぐるくらい。けしからん感じでね。
私もオジサンに添える形を取るわけです。
公共の場ですよ!って視線をね、思う存分浴びせてやったわけです。
おじさんなんて、軽くね、咳き払いとかしてたから。
私もね、そこは先輩に習えとばかりに、払っておきました。
いつもより多めに。
まさかオジサンが次の階で降りるとはね。
まさかのアーリーリタイヤ。
どうしてくれるの、この感じ。
変に間合いを詰めちゃったせいで、3人でPerfumeくらいの配置になってるんですけど。
ち・・近い。
彼女がね、彼氏に抱きつきながらも、
朝顔でも観察してんじゃないかってくらい見てくるわけです。
全く発芽してない私を。
思わず必死にカバンをガサゴソして、
生クリームでも泡立ててるんじゃないかってくらいガサゴソして、夢中で携帯を取り出して、メールしてるフリをしようと思ったのね。
焦りすぎて、滑った。
鮎の手づかみくらい滑った。
で、落ちた携帯が床をきれいに滑走して、思いっきり二人の甘い空間に行ったよね。
カーリングでもね、あんな中心をね、ピタリと押さえられないと思う。
足と足のまさに、その合間をぬって。
うらめし度もMAX。
リングの井戸で言ったら、貞子が黒ひげ状態で飛び出すレベル。
その瞬間に、エレベーターのドアが開いたから、
反射的にカップルの足の間から、携帯を右足で蹴りだして、
そのままドリブルで外に出た。
まさに一瞬の判断。
そのドリブルが、華麗としか言いようがなかった。
彼氏とかね、ちょっと「メッシ…」って言ってたもん。
ほんとは言ってなかったけど。
普通に「わー!」って言ってたけど。
「わー!」って。
よく考えると、彼氏、結構情けなかったな今。
わー、とか言っちゃって。
なんだか、生きながらにして、念願叶って軽く化けて出れた感じ。
私は、そっと満足して携帯を拾い上げた。
アドレスがドロンと全部消えてた。
わー!
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(バージン)ロード 第31章
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10月7日の0時にメールが来た。
ちはやふる!
くらいの勢いで、メールを開いたわけですが。
「30歳の私にセックスを教えていただけませんか?」
はじめまして。
私の名前は森山蛍と申します。今年で30歳になります。
そこそこ名前の知れている会社で、女ながら役職にも就いています。
けれど、私には誰にも言えない秘密があります。
それは、私がまだ性体験が一度もないことです。
今まで一度も彼氏がいなかったわけではありませんが、
いつもタイミングが悪くて最後まで出来ませんでした。
就職してからは自分が処女だということがネックになって
恋愛も積極的になれず、とうとうこの年齢まできてしまいました。
30歳まではもう間がありません。
1日でも早く処女を捨ててしまいたい気持ちです。
私に、セックスを教えていただけませんか?
先日、何でも相談できる親友からこんなサイトを教えられ
参加してみることにしてみました。
http://××××××.com/kihujin/
けれど30歳目前だからなのか、誰からも連絡がきません。
今、本当に焦っています。
このサイトにもあるように、もしセックスしていただけるなら
お礼に30万円差し上げても構いません。
貴方が結婚していてもしていなくても絶対にご迷惑はかけません。
誓います。
ただ、私が普通にセックスに慣れるまでしばしの間
セックスに付き合っていただきたいのです。
だめですか・・?
もし教えてくださるなら、本当に嬉しいです。
ここに写真や体型のこと連絡先なども
載せてありますので見ていただけたら嬉しいです。
http://××××××.com/kihujin/
泣きながら読んだ。
拝啓、森山蛍様。
この日、私は、一足お先に偉大なる31歳にならせていただきました。
けれど、私にも誰にも言えない秘密があります。
それは、私もまだ性体験が一度もないことです。
だから衝撃のお誕生日メールだったよ。
つーか、30過ぎると、「していただけるならお礼に30万」って、
こんな悲しい円相場見たことない。
せめてウォンであってくれって、願いました。
が、これは円なんですね、森山蛍様。
円安が嘘のようですね。
つーか、大切にしろって、あれほど当然のように
世間でみんな言っといて、
ドラマでも漫画でも、女子の体関係については、統一の見解として、
みんな、そう言ってきたからね、
なるほど そういうもんかなって真に受けて31年、
大切に傷ひとつつけることなく守ってきたものを、
今更、ヤバイとかマズイとかアリエナイとか笑えないとか、ね。
ええ、ええ、そうね、多分ここがあのギリシャなんでしょうね。
高校の先生が声を大にして言ってた「自分をもっと大切にしろ」は、
笑いで言うところの盛大な「フリ」だったんですね。
それをオチもつけずに31歳。
親戚の言ってた、「いつまでたっても落ち着かない」は
真理だったわけで。
でもね、森山蛍様、私はね思うのです。
この世界は確かに、
君と出会った奇跡に空が飛べるはず、っつーところはある。
土曜の夜は朝まで君を抱く、ってちょっとした無茶を、
調べにのせて言い切っちゃう人もいる。
でも実のところ人間は、飛べねぇし、そんなに抱けねぇ。
大きく出たなあー・・って、うっすらみんな思ってるはず。
そんな中、一方で私が推奨する漫画ですが、安定の面白さ。
漫画があれば空が飛べるし、
土曜の夜は朝まで漫画読むってのも結構いいよ。
人生に巻き起こるガールズトークの大抵のことも、
漫画に書いてある知識で乗り切れっから。
お礼に30万差し上げるくらいなら、
30万円分の漫画の方が、絶対素敵な夜になる。
そもそも体験がないっつーこともね、いっそ30年も続けば、
体験がないことこそが、体験となってくるんじゃない?
だったらもう、私たちは性体験をしてるとも言えんじゃない?
耳年増の粋を集めた性体験を。
今まで耳年増として、ずっと肩身の狭い思いをしてきた。
でも耳年増も30年越しとなると、その情報量がすごい。
だいぶ貫禄だってついてる。
正直、もう耳だけじゃなく、名実 共に全部年増になってるし。
なのに世間は「百聞は一見にしかず」とか言うわけ。
しかずに違いねぇ、しかねーしかねーってずっと鵜呑みにしてきたけど、
私の百聞なんて・・・って下出に出てきたけど、
案外、一見を凌駕する百聞だってあるんじゃないの?
私の百聞も結構イイとこ行くんじゃない?
っていう30年を経たことによる、まさかの自信。
北海道の時計台とか、大好きな声優の顔写真とか。
一見を超える実力を持った百聞もある。
百聞の本気。
だったら、森山さん、がぜん
世間の性体験より、私たちの性体験の方が、
めくるめいてる可能性、
これ出てきたんじゃない?
コンディションしだいでは、
戦ったら、案外、いい勝負するんじゃない?
しかもね、この30年で培った百聞・・・、いやおよそ万聞だよ?
それを巧みに操り、織り成す私たちの初夜のシュプールは、
むしろアラブの石油王たちが競って買うレベルなんじゃない?
って、思って、お互いガンバローって結論づけたわけですが、
その向こうで、どうしても拭えない森山さんの写真や体型への興味。
あと、同じ境遇だからこそ、どうしても引っかかる、
「今まで一度も彼氏がいなかったわけではありませんが、
いつもタイミングが悪くて最後まで出来ませんでした。」
の一文。
何、ちゃっかりタイミングのせいにしちゃってんの。と。
ちょっとお顔見せてみなさいよ、と。
まあ、さっとクリックしたよね。
まさにあの、伸身の新月面!くらいの華麗なる着地でそのサイトに降り立ったよね。
ええ、ええ、もう充分です森山蛍さま。
存分に見ました。
百聞は一見にしかず。
2時間粘ったけど、エロサイトの画面が、どのキーを押しても消えない事実。
誕生日の実家で。
リビングのパソコンで。
森山の乳が、全っ然消えねぇ。
消える気がしねぇ。
もうすぐ、夜が明けるんです。
夜が明けたら、「31歳だけど予定がないので今年もお願いします」と頼み込んだ私の誕生日会を、
家族のみんながこのリビングで開いてくれることになってるのです。
でも、乳が全然消えねぇ・・・。
一見の洗礼が・・すげぇ・・・。
ま、ざっと、そんな誕生日でした。
いや・・なんか・・
パソコンやろうとしたら、急に、こうなってて・・自然に・・
つって、家族の疑惑の目を逃れたわけですが。
疑惑っつーか、確信に満ちた目にも揺るがない。
それが、31歳の堂々たる船出だったわけですが。
そういえば、
「何だかんだで、私も色々あったからね」
って、この前、職場の22歳がね、言ってたわけ。
「この年になれば、色々あるよね」
って、電車で女子高生も話してたわけ。
島倉千代子先輩のレベルになると「人生色々」って、もう歌っちゃうぐらいで、
なんなら、色々咲き乱れるとまで、念を押してくれてちゃうわけですが、
ええ、はい、今んとこ、完全に無地です。いたってシロです。
ってね思ってたんですけどー、
よくよく考えたら、私も結構色々あったわー。
乳の一件に関しては、完全にクロだわー。
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蝶のように舞ったのに。
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洗濯を5ヶ月くらいサボってたら、
コンビニに行く服すらなくなった。
やべーやべー、小腹がやべー、
と思って、出かけるためにタンスを探ってたら、
喪服が出てきたので、
とりあえずこれで。
って思った、私が悪かったのでしょうね。
喪服着てさ、チョレーチョレーくらいの気持ちで、
鼻歌交じりにアパートのエレベーターに乗ったら、
すげぇでっかい蜂がいたわけで。
完全に、刺されたら駄目な種類の蜂。
おしりとかがね、もうプリップリで、シマシマが凄いヤツ。
楳図かずお柄のやつ。
えっと、アメリカ上がりかなってくらいのね雰囲気、
多分人間だったら、腕に蛇のタトゥーとか入れる感じの、
でも実はちょっとお母さん思いのところもあるよみたいな、
そんな子でした。
あー、話し合いとかね、
まあ、とりあえず座って、とかね、
どっから来たの?暑かったでしょ?みたいな、
トークしたかったなあー。
いきなり刺してきたからね。
おしりをね、完全に9の字に曲げてね、
刺す気満々などころか、
もうスカートのとこ、ちょっと刺されたわけですよ。
オーレッて言いそうなくらい、避け切ったと思ったわけですが、
あぶねー、スカート刺さってた。
でもね、あっち、なんか全然怒ってるわけ。
蜂とかね、接したの初めてぐらいだけど、
ジャンプで敵か何かに仲間が殺されたんじゃないかなってくらい
怒ってるのがわかる。
必殺技が生まれそうなくらい怒ってる。
んで、また9の字になって、もうすげぇ刺してこようとするわけ。
北斗百裂拳でしょそれ、みたくなってるわけ。
蜂って、1回じゃなかったっけ?刺せるの1回までじゃなかったっけ?
って、すげぇ思ったんですけど、
もうね、無限。ルール関係なし。
私も、必死に、これもうフラダンス踊れちゃってんじゃないの?
ってくらいに、スカートを振り乱して、応戦したんですけど、
結果、下は互角!って思ったのか、
急に顔狙いみたいな動きになって、
私も死に物狂いで逃げたせいで、
生まれて初めて、マトリックスできたんですけど。
割と、できた。
エグザイルの今日一番の高速回転もできた。
そんなんでね、もう、あの個室で、
思う存分こぶしを交えたんですけど、
やっと1階について、ほんとドアが開くまでが案外長いので、
最後まで気を引き締めて、
ちょっとしたブレイクダンスかなってくらい、
応戦して。なんなら喪服の上着をヌンチャクみたいにして、
んで、ドアが開いたら、あいつ即効逃げてった。
か・・・勝ったー!って思って、
人差し指を天に立てて、ナンバーワンを讃えたかったんだけど、
1階にね、案外エレベーター待ちの人が多くてね。
すごい凝視だよね。
ヌンチャクだけね、余力でぶらんぶらんしてるんですけど。
は・・、蜂がね、いたの。
蜂が、今、ここにね、いたの。獰猛な殺人蜂が。ねぇ!
って思ったんですけど、みな、無言でね。
ほんとね、そっちのほうが喪に服してんじゃない?ってくらいで。
で、コンビニ行って、洗濯して、ふて寝したんですけど、
なんか心なしか呼吸が苦しかったんですけど、
でも猛暑だからなって思って、
次の日、仕事行こうとしたら、
おでこが超腫れてた!
腫れてるって言葉では言い表せないくらい、
腫れてた。
一角獣みたくなってた。
刺されてたー!!
全然防げてなかったー!
あいつ、刺してた!思いっきり刺してた!
ゴルゴ31で撃たれるとこ、存分に刺してた!
もう仕事、全然、行きたくなくなったんですけど、
しぶしぶ行ったんですけど、
仕事場が病院なのでね、さぞ心配されるかと思ったんですけど、
私の軽い馬面がねー、わざわいしてしまってねー、
完全に、「ユニコーン」って呼ばれてます。
あれだよね。
処女にしか見えないってのは聞いたことあるけど、
30才ともなると、なれたわ。ユニコーン。
あとまあ、ユニコーンにもなれたので、
イ、イベントをね、や、や、やろうかなって思って。
約10周年イベント「初夜」
あの、まだ、あんまり、あれなので、また詳しく説明します。
来週くらいに。あ、再来週くらいかもしれないけど。
でも・・・やります。やるよ!
2011年08月18日
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昨日、うちの病棟でアリアドネの弾丸を見かけました。
|
アリアドネという名は「とりわけて潔らかに聖い娘」という
意味があるそうです。
ほぼ、私のことですね。 加藤はいね (30才処女)
―――――――――――――――――――――
9年目にして配属された病棟の看板に、
「救命救急病棟」って書いてあったのです。がびーん。
いやー、人事の人さー「4階西病棟」つってたから、
「4西、4西」口酸っぱく言ってたからさー、
すっかりね、そのあだ名に踊らされて、
病棟の本名聞くの忘れてたわー。
いやー、看護師になって9年。
お噂は かねがね。
なにやらこの世界には、救急病棟って病棟もあるらしいよ、と。
ほんとにあったかー。
結構、身近にあったー。
ドラマの中だけの架空の病棟かと思ってたわー。
で、まあ、勉強もかねて、ドラマ「救命病棟24時」を
おさらいしたんですけど。
もうね、ドラマティック。
ドラマティック病棟と言ってもいい。
展開が、もうすごいわけ。
これが、あの有名なカードバトルかしら?デュエルかしら?
ってくらいの息を呑むドクターの処置シーン。
もうね、ずっと俺のターン。
メス、メス、クーパー、ガーゼ、吸引、
最後にクーパーを添えてターン終了!みたいな。
それに対する看護師がね、もう、全然物語を邪魔しない感じなわけです。
クーパーとかね、ガサ入れかってくらいゴソゴソ捜してる看護師、
一人もいないわけです。
ガーゼを出すとき、袋の切れ目が一生見つからない看護師も、
一人もいないわけです。
江口のキメ台詞が聞き取れなくて、5回くらい聞き返してる看護師も、
ひとっこ一人もいないわけです。
かたや私、看護師暦9年の粋(すい)を結集しても、
ドクターの言ってる言葉は、常時、呪文に聞こえるよー。
先輩の「急いで○○持ってきて!」の○○が、
1回で聞き取れたことがないよー。
そんな私がね、ついに躍り出たわけです、救急のピッチに。
押すなって、押すなって、という上島ナイズされた動きで、満を持して。
加藤、登場!!!
登場して、3ヶ月。
全然、名前を覚えてもらえない。
1年目の超新人 後藤さんは、もう「ごっちん」とか
呼ばれてんのに、
私なんて、待てど暮らせど、無名。
加藤っていうね 安定感あるおなじみの代名詞を
背負ってやってきたんですけど、
完全に「看護婦さん」って呼ばれてます。
「看護婦さん」の名を欲しいままにしてる。
隙あらば、看護婦さんにも「看護婦さん」って呼ばれる。
もうね、今日という今日は名前だけでも覚えて帰ってもらいたい。
救急病棟に、加藤ありき!と。
したら、
「今、入院した患者さん、即オペになったから!」
っつー怒涛の展開がドラマティック病棟に起こったわけ。
もう、一刻も早くオペが必要と。
担当の先輩やドクターは、すごい動き。
口々に指示を出し合いながら、ちょっとしたデュエルを披露。
それ、腕にデュエルディスクついてんじゃないかっつーくらいの雰囲気でね、
もう、バトルと言ってもいいくらいのやりとりをしてるわけ。
飛び込まなきゃ・・・!あの渦に!渦巻きに!
ごっちんも私も、息を呑んだ。
だけど、そこはもう、小学校の長縄とびみたいでね、
入るタイミングが・・・ちょっと・・・
って思ってたら、ごっちんが「何かやれることないですか!」
って飛び込んだ。
ごっちん、憧れるわー。
惚れるわー。
今の間合い完璧だわー。
したら、先輩も、ゆっくり頷いて、
「ごっちん、じゃあ、手術部位の剃毛、お願い」
つったわけ。
そしたら、ごっちんがね、あの憧れのごっちんがね、
超マゴマゴしてるの。マゴついちゃってるの。
「あの・・私・・剃毛したことなくて・・・」つってんの。
もう、そのボールいただき!とばかりに飛び出ましたよ。
「私、できます!」と。
「私、剃毛できます!」と。
「この加藤に、剃毛はお任せあれ!」と。
したら、先輩が、じっと私の名札を見てから、
「加藤さん、お願い!」
って頷いた。
ごっちんが、ちょっと悔しそうな顔をして身を引いたので、
私は何ならもう江口になりきった感じで、
「ごっちん、剃毛、手伝ってくれない?」って声をかけた。
そしたらごっちんも「はい!」って嬉しそうに言うので、
「グズグズすんなよー」「加藤さんこそー」みたいな感じで、
ドラマティックに和解しつつ、
ごっちんに「俺の背中みとけ」って感じで、ドクターにかっこよく
「先生、剃毛部位は?」ってデキル女風に確認して、
「全範囲だ」って言われて、1発で頷いた。
セーフ。
先生の言ってることが、1回で聞き取れた奇跡。
前の病院では2年間消化器外科で働いてた。
どんな剃毛にも立ち向かってきた。
どんな湿地帯もアマゾンも、きれいに剃りあげてきた。
私は、道具をすばやくそろえて、ごっちんを従えて、
患者さんの病室に飛び込んだ。
そこには、ちっちゃいおじさんが居た。
緊急の手術を前に、やや緊張の面持ち。苦しそうではない。
私は、長年で培ったトークで患者さんをリラックスさせながら、
剃毛へと いざなう。
「手術って、やっぱり、そんなとこまで剃るんですね・・」
という患者さんに、
「そうですね、やっぱり毛の中にはバイキンが多いので、
ここから手術のあと感染したり うんたらかんたら〜」
なんて軽快なトークで、なめらかに下着を下ろして、びっくり。
樹海だ。
樹海である。
ちっちゃいおじさんが、猛威をふるっておる。
ごっちんが、無理だって顔をしてる。
ここを剃毛するなんて無理だって顔してる。
大丈夫。
私は目で合図した。
ごっちん、見てて。
もし「剃毛病棟24時」ってドラマがあったら、
江口は間違いなく私だよ。
私はごっちんに右手を差し出し「ハサミ」と言った。
ごっちんは、すばやく、私にハサミを差し出した。
「完璧・・ですね」
ごっちんが憧れの眼差しで私を見た。
たった10分。
ノルウエイの森が、更地に。
そしたら、ナイスタイミングで、先輩とドクターが病室に来たので。
私は先輩に子犬のように駆け寄って
「剃毛したんで、確認してください」
って微笑んだ。
見て見て。
私の武勇伝。
先輩が、オーケーオーケーと、微笑んで患者さんを見た。
下半身を見た。
そして叫んだ。
「頭の手術よ――――――――!!」
この叫びをね、私は生涯忘れないと思います。
先輩、大西ライオンかと思った。
で、一同絶句。
患者さんも、私も、ごっちんも、先輩も、ドクターも。
ただ、病室の時計のカチカチカチカチって音だけが響いてた。
ご、ご覧のとおり、頭ボウボウなわけです。
で、でも、下はつるっつるなわけです。
「なんで・・こんなことに・・」ってドクター。
完っ全っに、剃る場所を間違ってるわけです、私。
本丸を手つかずにして、
とんでもないとこを、思う存分剃りあげたわけです、私。
逃げも隠れもいたしません。はい。
患者さんも、「だよね」って言ってた。
「頭の手術なのに、すごいとこまで剃るなーって、
やっぱグローバルなんだなーって」とのこと。
グローバル間違え。
剃毛っていったら、下しかないと思ってた。
それから無事、頭の手術を終えた患者さんに、
もう、師長も主任も連なって、謝って、
患者さんの家族にも
「上の毛と下の毛を間違って剃ってしまいました」
と謝って、
最終的には、院長まで出てきて、
「上の毛と下の毛を間違って剃ってしまいました。
患者さんの苦痛を考えると・・・」
って謝って、
最終的に、私は
「上の毛と下の毛を間違って剃ってしまいました」
というミス・トラブル報告書を書いた。
さまざまな角度から、上の毛と下の毛を剃り間違える過程を
分析した、その壮大な書は、
救急病棟の報告書の決まりにのっとり、
朝の申し送りで1週間読みあげられました。とっくりと。
で、こころなしか、最近、先輩たちから、微笑まれる回数が増えたよ。
あと、色んな人に「アレ読んだよ」って言われる。
まさにベストセラー。
あと、もう、私の念願だったわけですが・・うん・・、
先輩たちもドクターもね、口々に言うわけです、
「救急病棟に、加藤ありき!」と。
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明日から本気出す!
|
看護師になって9年くらい経つわけですが、
いまだに、挙動不審。
常に、お茶の間でテレビがラブシーンに突入したときの、
家族みたいな動きしてる。
お茶でも入れようかしら・・
新聞、新聞・・えっと巨人が・・
みたいな雰囲気で仕事してます。
もう9年間、見るものすべてが初めて。
いつも初見。
全然、地に足つかない。
常に、
落ち着けー落ち着けー
と思ってる。
大抵の時間をオロオロしながら過ごしてる。
あー、新人の追い上げがキツイ。
今年4月に入った新人とか、すげぇ追い上げてくる。
今年4月に入った新人とかの、伸びが、すげぇ。
私も4月からマジカル転職をしてこの病院に来た身分で、
スタートラインは、いわば同じ。
9年の経験値も なんのそので、結構いい勝負してる。
と、思ってたら、この前、この新人が先輩から、
あだ名で優しげに呼ばれてるところ発見。
す、好かれちゃってる。
7月の段階で好かれちゃってる。
7月とか、あれでしょ?
普通好かれたりしないでしょ?
世間の冷たさを知って、もっと、打ちひしがれる時期でしょ?
先輩に好かれるとかのイベントは、
3年後とかでしょ。のちのヤツでしょ。
ならばと。
私も…遅ればせながら、好かれたい。
是非とも、あだ名で呼ばれたい。
と、思ってね、ピッチに踊りだしました。
もうね新人がマゴマゴしてようもんなら、
そのボールいただき!とばかりにね。
「すいませんCT室がわからないんですが…」
とか点滴を引いた患者さんに言われようもんなら、
もうね、よろこんで!とばかりに、
流し目で先輩を見ながら、ご案内してたんですけど。
しめしめと思って、契約1個取ったくらいの気持ちで、
ご案内してたんですけど。
10分くらい経ったかな、
もうびっくりするくらい患者さんの思いにね共感。
すいません…ちっともCT室がわからないんですが…?
今までは、前の病院では、9年間で得た地の利を生かして、
どうにか先輩っぽい風をね、弱風ながらに吹かせてきたけど。
もう、そよ風的に。ほんと心づけ程度で。
「まあ、病院なんてどこでも一緒みたいなとこ、あるよね」
が、口癖だったわけですが。
一緒みたいなとこ、無かった!
まさかの、地の利ゼロ。
全然ちげぇ。見たことねぇ。
あー、クイズところ変われば!って山口さんが
あれほど口酸っぱく言ってたのに。
通っぽく「関係者以外」みたいなエレベーター乗ったら、
若干、お客に見せちゃいけない内部みたいなとこに降り立った。
土管でも潜ったかしら?っつーくらい、完全に地下面。
あれ、CT室・・噂では地下1階って・・あれ・・
ってモゴモゴ言いながら、必死に探したんですけど、
この段階になって、連れてきた患者さんが、
結構コワモテのおじさんでもあるなってことも
気になってきたんですど、
あー無言の点滴台のガラガラガラがね、
背中から、すごいプレッシャーで聞こえてくるんですけど。
その点滴棒、金剛力士像とかが持ってるやつじゃないですっけ?
くらいの猛々しさを背後から感じる。
もうね、1歩1歩が未知との遭遇なのに、
ピッタリついてくるのね、患者さんが。
案内してるから、当たり前なんですけど。
あれ、ドラクエの先頭の重圧ってこんなだったっけ?
みたいなね、
もうね、案内してるんだけど、ちょっともう巻きたい。
で、まあ、しばらく歩いたんですけど、
歩けども歩けども、おばさんたちがね、シーツをたたんだり、
シーツをたたんだり、たまに運んだり、
もー絶対CTを取りそうな気配がないわけです。待てど暮らせど。
白衣を着てる人すらいない。
完全におばちゃんとシーツの国。
で、私もね、大人ですし、後ろの金剛力士像が超無言だし、
ここはね、もう聞いてこ。と。
「えっと、地下1階にCT室があるって聞いたんですけど」
ってね、勇者が村人に話しかける感じで、
おばちゃんに聞いてみたんですけど、
「あーここじゃないよ。
地下は地下でも、東館の地下でね、
そこにいくには2階の放射線科の横の連絡通路から、
右に曲がってね」
つって、丁寧に教えてくれて、
「あー、あそこかー」つって、村人と別れたんですけど、
ピンときた感じ、存分に披露したんですけど。
全然ピンと来なかった。
完全に初耳。
初耳すぎて、最初の東館ってとこしか聞いてなかった。
あと、なんか右みたいな。右が肝みたいな。
んで、結局、おばさんに話を聞いた最初の1歩で道を間違えてね、
ほんと、第一印象から決めてました。
で、患者さんに「いや、こっちじゃない?」ってね言われまして、
結果、患者さんにCT室まで連れてってもらいました。
ほんとね、点滴棒を持つ姿なんて、まるで魔道師じゃない?
ってくらい堂々とした歩きっぷりで。
で、まあ、帰りも普通に迷いましてね。
CT撮ってたはずの患者さんの方が早く病棟についてました。
やっと・・故郷が見えた・・・
くらいの気持ちで帰りついた私を、
先輩がじぃ――――――っと見てました。はい。
え・・えへ・・って感じで笑ってみると、
「あなた、名前なんだっけ?」って聞かれたので、
満を持して
「伊藤です」って答えました。咳込みながら。
えっと、のちの加藤です。のちの・・・。

